有給の申請画面を開いて、そっと閉じる
金曜の夕方、なんとなく有給の申請画面を開く。来週の火曜あたりなら行けるかもしれない、と思ってカレンダーを眺める。
火曜は新入社員2名のアカウント作成、水曜は返却PCのキッティング、月末は資産の棚卸し。そして頭の片隅で声がする。「あのバッチ、火曜の朝に落ちたら誰が見るんだ」。
結局、申請画面はそっと閉じる。ひとり情シスをやっていると、この動作だけが妙に上手くなっていく。
採用は出している。でも、決まらない
求人はずっと出している。それでも情シスの採用は本当に難しい。
理由は薄々わかっている。まず、求められる範囲が広すぎる。ヘルプデスクからネットワーク、SaaS管理、セキュリティ、監査対応、たまに複合機の紙詰まりまで。求人票に全部書けば誰も応募してこないし、絞って書けば入社後の現実とズレる。
そして、候補者の技術を評価できる人が社内に自分しかいない。面接官も自分、上司候補も自分、同僚候補も自分。何度やっても、この構図は落ち着かない。
さらに「ひとり情シス」という言葉自体が、転職市場ではやや警戒される単語になっている。地雷になりうる理由を、こちらが一番よく知っているのがつらいところだ。
ひとり情シスで本当にきついのは、この2つ
技術的に難しい仕事がきついのではない。きついのは、たぶんこの2つだけだ。
1つ目は、相談できないこと。
「このSaaS、SSO必須にするか」「このPC、いったん隔離するか」「この申請、例外を認めるか」。判断そのものより、決めた責任が全部自分に返ってくることが重い。合議にすれば正解が出るわけではないけれど、少なくとも一人で背負わなくてよくなる。その「一人で背負わなくていい」が、ひとり情シスにはない。
2つ目は、休めないこと。
止まったときに動ける人が自分しかいない。旅行先で電波を確認してしまう、あの落ち着かなさは経験した人にしかわからないと思う。
休むために必要なのは、実は「作らないこと」
何年かやってきて、たどり着いた結論がある。休むために必要なのは、引き継ぎ資料でも自動化でもなく、作らないことだった。
何かを作ると、必ず属人性が生まれる。
GASで組んだ申請フロー。PowerShellのキッティングスクリプト。棚卸し用に育てすぎたExcelマクロ。作った瞬間は社内の英雄になれる。「便利になった」「さすが」と言われる。
でも半年後、それは静かに重りに変わる。「これ、動いてはいるけど、中身をわかっているのは自分だけだよな」と。ドキュメントを書いても、結局直せるのは自分だ。作れば作るほど、自分の休みが減っていく。
だから、作れるのに作らないという選択肢を持てるかどうかが、ひとり情シスの寿命を決めると思っている。技術がある人ほど、つい作ってしまうのだけれど。
現場でやっている3つの工夫
1. 「標準機能でできる80点」を選ぶ
自作すれば100点にできるとしても、SaaSやIdPの標準機能で80点なら標準機能を採る。細かい不満は残るが、ベンダーが直してくれる仕組みは、自分が寝ている間にも直る。自作した100点は、自分が起きているときしか直らない。
2. 作るのは「止まっても事業が止まらないもの」だけ
自分の作業を楽にするスクリプトはどんどん作っていい。壊れて困るのは自分だけだからだ。
一方で、入社処理、権限付与、認証、請求まわりのような「止まると事業が止まる」場所は自作しない。ここはお金を払って外に預ける。予算の相談をするときは、機能の話ではなく「自分が休めない理由」として説明するようにしている。属人化のコストは、退職リスクという言葉にすると経営層にも伝わりやすい。
3. 相談先を社外に持つ
社内に相談相手がいないなら、社外に作るしかない。情シス系のコミュニティ、勉強会、導入ベンダーの担当者。「うちはこうしてます」が一言聞けるだけで、判断の重さは半分になる。
一人で責任を取る構造はすぐには変えられなくても、一人で考える状態は今日から変えられる。
もし自分が転職する側なら、面接でこれを聞く
採用が決まらないまま候補者と話していると、逆の立場もよく考える。自分が受ける側なら、聞きたいのはこの3つだ。
- 「情シスが止まったとき、誰が代わりに動きますか」——人数より、こちらのほうが実態がわかる
- 「社内で自作されているツールはどれくらいありますか」——属人化の在庫量がわかる
- 「情シスの予算は、誰がいくらで決めていますか」——決裁ラインの近さは働きやすさに直結する
「情シスは何人ですか」だけでは、入社後にまた一人になる未来を防げない。
まとめ
作らないのはサボりではなく、設計だと思っている。……と、偉そうに書いておきながら、今日も気づいたらスプレッドシートに関数を仕込んでいた自分がいる。手が勝手に動くのは、もはや職業病かもしれない。
それでもまずは、来月どこかで1日だけ有給を取ってみる。その日に何も落ちなければ、それは「作らなかった判断」が正しかったという、いちばん静かな成果報告になる。
そして願わくば、来年の今ごろは、この記事を隣の席の同僚と笑いながら読んでいたい。求人票、もう少し書き直してみます。













